家での会話

大体ご飯を食べるときは、ママと2人か、パパも含めて3人で食卓を囲む。

最近気づいたことは、この家族は血圧の話をやたらするということ。親戚のおばさんの血圧は⭕⭕だ、とか、最近血圧が下がってきたとか。私にはどう突っ込んでいいかわからない話題。

ママと盛り上がる話は、大体アメリカ人の食生活がいかにだめか、っていう悪口(?)とか、近所の愛想の悪いおばあさんの悪口(?)とか。どこの国のお年寄りも、話すことは似たようなもんだ。ペルー人はチリ人に対抗意識をかなり持っている。だから、チリ批判も盛り上がる(笑)

ペルーに来て、ずいぶんみんな好き勝手なこと言うな、と思った。そして、人の話を「ふーん」って受け流すことを覚えた。世の中には色んな考え方をする人がいる。たとえ自分がその考えに納得できなくても、批判するんじゃなくて「私はそうは思わないけど、そういう考えもあるのか、なるほど」と吸収すると全部が自分のものになる。

ちょっと大人になったかな。


f:id:oshidamari:20170530041340j:image

Carne asado 

日常生活

ペルーでの日々は、日本の2倍速で過ぎていく。

考えてみると、ちょっとしたことにとんでもないくらい時間を割いている。

はじめの頃はコピー1つするにも1時間近くかかったし、(ペルーにはコピーをする事が仕事のおじさんがいる)図書館の本を探すのにも一苦労。

課題の本読んでいて1日が終わることもしばしば。

 先週は課題に追われて、友達にも会わず引きこもっていたら、かなりネガティブになってしまった。今週は人と会うことにちゃんと時間をさこうと決めて、そしたら元気になってきた。

 自分は、なんでも一人で片付けたいって思いがちだけど、時には周りの人に助けを求めるのも大事なんだな、ってここに来て学んだ。人生って、自分一人じゃできないことだらけなんだね。

 異国の地で、すごく孤独を感じることがある。でもよく周りをみれば、助けてくれる人が沢山いた。一人じゃなかったんだ、って気づいて、すごく気が楽になった。

 考えがネガティブな時って、「みんな不親切だな」とか「ペルー人、愛想悪いな」とか

嫌なところばっかり目についちゃうけど、ポジティブなときは、「いてくれるだけで嬉しいな〜」って思える。周りの人をどう見るかって、自分の気持ち次第なんだよね。人に何かを求めている時って絶対与えられた状況に満足できないけど、自分で自分を喜ばせようってしてるときはすごく幸せになれる。

 授業もわからないことだらけで、いつも頭が痛かった。投げ出したくて、遊び歩いたりもしたけど、やっぱり中途半端な気持ちでいると、生活に影響が出る。

 わからなくてもいいから、ちょっと努力してみよう、って勉強を始めたら、すべてがうまく回りだした。友達といられるちょっとした時間がすごく大切なものになったし、家族といられるご飯の時間もすごく大事にできる。だんだん本が読めるようになってきて、そしたら人の話してることももっとわかるようになってきた。読むことって大事なんだ。

 いろんな人と会うのも大事。つい最近まで、スペイン語うまくなりたいから、なるべくペルー人と関わった方がいいよな、って偏った考えをしていた。でも、実際は周りに色んな国の留学生がいて、日本人もいて。そういう人との関係も自分がここで生きていくためには必要だ、って思えるようになった今日この頃。言葉は、人と人とを繋ぐ道具に過ぎないってことを忘れかけていたから歯車が狂っちゃってた。今は、ちゃんと道具としてスペイン語使っています。伝えたいことがあるうえで言葉は成り立つ。知りたいことがあれば、本も読めるようになる。話したいことがあれば、スペイン語も出てくる。日本人に日本語で話すのもいいんだ、って思えるようになった。

 あと、「食べ物は人を繋ぐ」ってここに来てすごく感じる。大体ペルー人と仲良くなるときは食べ物の話から始まる。「これ食べに行こ!」って仲良くなる。食べ物を囲んで、人が集まる。

 人類学を勉強していると、大体の行動のモチベーションは食べ物だって気づく。スペイン人の植民地支配の話を見ても、食べ物を求めて開拓は進むし。クロニカにも食べ物の話がたくさん出てくるし。

 ペルーには沢山の食材が溢れている。

 色んな種類の野菜、肉、魚、果物、いも、いも、いも。

人類に共通してできることは食べることだから。

日本の友達とこんなに食べ物の話で盛り上がることはないよな。


f:id:oshidamari:20170527045457j:image

昨日食べたアマゾン料理


f:id:oshidamari:20170527045529j:image

 誕生日に作ってくれたPollo al horno


f:id:oshidamari:20170527045627j:image

 は母の日の肉


f:id:oshidamari:20170527045707j:image

ベジタリアンレストラン(ペルーにはベジタリアンの人が多い。)

ルパックで野生に帰る その1

  Semana Santa の休みで、リマから出よう、ということになった。 前日までどこに行くのか、何をするのかも決まっていなかったけれど、ここはラティノス。リマ近郊にある標高3500m越えの山、インカの遺跡があるというRúpacへ行くことが急遽決まった。 

 「トレッキングするよ~」 と言われたけれど、トレッキングが何かよくわからなかった。でも、とりあえず私もメンバーに入っていたのでついていくことに。

 当日の朝は、「テント買わなきゃ」といって、ホームセンターを探すところから始まった。

 まって、ホテルに泊まらないんですか・・・

 

 バスに揺られること2時間。Huaral という町についた。

 近くに海があったから、そこでキャンプをすることに。いいんでしょうか、勝手に海岸で。

f:id:oshidamari:20170505071925j:plain

 

なんか汚いし。

海岸に行ってみると、結構ほかにもテントを張っている人たちがいて、安堵。

空気はジメジメ、一晩中大音量の音楽が鳴り響くはで、よく眠れなかった。

 

 二日目。Huaralの町に戻って買い出し。おやつでも買うのかと思いきや、作り出したメモには

 ・ジャガイモ

 ・米

 ・ニンジン

 ・レンテハス

 ・アベナ

 ・玉ねぎ

などなど、大量の食糧が記載されていた。

 「3日分のお米、何キロいるかな?」

と聞かれてぎょっとした。

Rúpacにレストランとかないんですか・・・。

 

タクシーに相乗りで6人がぎゅうぎゅうに押し込まれ、まずはフロリダという村に向かった。山の上のほうにある村で、そこに向かう道は険しく、ガードレールもなし。これ、落ちたら終わりです。

f:id:oshidamari:20170505073520j:plain

フロリダから歩くこと1時間、今はだれも住んでいない村、パンパに到着。ここからRúpac まで4時間ほど山道を登らないといけない。

f:id:oshidamari:20170505073454j:plain

 休日だったから、フロリダに住む人たちが特別にお店を開いてくれていた。

 人がいて一安心。

 ここで一晩、野宿することに。

f:id:oshidamari:20170505074450j:plain

 ミニガスコンロを持ってきていたから、さっそくそれを使って調理開始。米、芋、野菜をぶち込んで煮たご飯は、暗闇で食べるとよく見えないからすごくおいしかった。お皿なんてないから、鍋から直でcompartido。

 夜はすごく寒かったけど、何とか乗り切った。

 

                          つづく

 

 

学校のない一週間

 洪水の影響で、今週いっぱい学校が休みになった。突然の長期休暇に、全くやることがなくなった。

 日本にいると、友達と会うとなると、少なくとも一週間前には予定を立てないといけない。反してペルーでは、明日の予定も真っ白。こっちに来て手帳はほとんど開いていない。

 周りも皆そんな感じ。友達からの電話は大体 " Hola ¿cómo estás ? ¿qué haces ? ¿qué vas a hacer ? 「何してるの?このあと何するの?」で始まる。大体とくにプランもないから、そっからバレーボールしよ、とか、◯◯の家行ってみよ、みたいに突然予定が決まる。他の予定が入っていても、「やることないから付いてくわ」と、特に面識がなくても他の友達までついて来る。友達の友達は友達、が通用する国。

 ここに来て、私は今までの人生の中で一番ストレスフリーに生きてると思う。日本でプラン(もちろんそれを組むのは自分なんだけど)に追われて生活してるのが自分が感じてた以上に息苦しかったんだな。

 だからペルーが素晴らしい!と言いたいわけではない。とあるベルギー人の子は、このテキトーさが耐えられないみたいで、逆にストレスフルになっている。人それぞれ、合う、合わないがあるから、自分に合った生活スタイルの文化を見つけるのって大事だと思う。

 ラテンアメリカでストレスフリーに生活したいなら、どこまで自分がテキトーになれるかが重要。そうすれば、バスが全然来ないのも、店の店員がめちゃくちゃ無愛想なのも、ハエがご飯を邪魔してくるのも、水が出ないのも、「まぁ、いっか」ってなる。他人に期待しないのもポイント。自分が、やりたいって思ったことをしてれば、満足できる。

 みんな違うから、他人をrespectoするのも大事。自分とは考え方違うなって人に出会っても「そういう風にこの人は考えるのか、面白いな」って思えるのが本当の意味でのrespecto。

 今まで、どーでもいい事をベラベラ喋ることになんの意味があるんだろ?相手にとって興味のない話をしてなんの意味があるんだろ?と思っていた。でも、ここに来て、そういったどーでもいい、他愛もない会話を通して、相手のことを少しずつ知っていくんだな、と気づいた。日本人の私には、頭に浮かんだことをペラペラ言葉にするのはまだ少し難しい。でもそれができたとき、ビックリするくらい爽快な気持ちになる。なんか言うときに、相手の反応を気にしてちゃだめなんだよね。結局、どれだけ自己満足できるかなんだ。これは、周りの人を観察してて気づいた。

 個人的な見解として、フランス人はよく喋る。話し出すと止まらないから、どこで話に割って入るかがか難しい。ドイツ人もよく喋るけど、彼らはまだ話に突っ込む間をくれる。ラティーノスは自分の国自慢が多い。フィンランド人は愛想が良い。ムーミンネタを出すと、すぐ仲良くなれる。ちなみに、ペルー人は基本的に愛想が悪い。すごく険しい顔で話すけど、実は親切で世話焼き。

 

 こんな感じで、最近は人間観察にはまっています。


f:id:oshidamari:20170324012926j:image
f:id:oshidamari:20170324013028j:image
f:id:oshidamari:20170324013049j:image


リマから水がなくなった件

リマ近郊のCerva( 山岳地)のHuaycos という地域で大雨が続き、大洪水が起きた。テレビで連日報道はされていたものの、遠くでおきた天災、としてしか理解してなかった。ところが、Limaの水はどうもこのHuaycosから来ているらしく、遂に我家も水が出なくなった。1日、2日目はタンクに貯蓄してあった水をくんできて何とかやり過ごしたが、3日目にもなるとそれも少なくなってきた。近くの公園には水の供給車がやってきて、地域中の人はみんなバケツを持参し、水汲みをしている。私も家族にくっついて行ってきた。ここ数日シャワーはできないから、鍋に水を汲み、それで済ませている。

 大学やショッピングモールには大きな貯水システムがあるらしく、まだ水がでる。大学のシャワールームには朝から大行列が。ショッピングモールのトイレには、歯磨きや洗顔をする人が詰めかけている。

 

 ここ50年間、こんなことはなかったらしい。そんな中でも、日常生活は続いている。

 蛇口をひねれば、水がでるのが当たり前だと思っていた。その当たり前がなくなって初めて、その有難味に気づく。洗濯はどうなるのか、明日はシャワーできるのか…

 と、かなり深刻に書いたけど、個人的にはまだ楽観的にとらえてる。心配してもしょうがないしね。


f:id:oshidamari:20170319064047j:image
f:id:oshidamari:20170319064056j:image

 

 

多国籍を通して感じるペルー

  私の通うリマの大学には、留学生が世界中からやってくる。国籍は違うといえ、私たちにはこのカオスな街、"リマ"に一人でやってきた、という大きな共通点がある。共通言語もスペイン語だし、もう個人的な国籍とかほとんど気にならなくなるんだ。出身国をスペイン語で言われても、ぱっとわからないことも多いし。

 そんな中でも気づいてしまったのが、自分は白人に対して苦手意識をもってる、ってこと。白人が固まってるとなんか入りにくいなって。だから、最初はメキシコ人とか、コロンビア人とか、韓国人とかしか、積極的に話せなかった。自分がアジア人だからバカにされるんじゃないか、って変な先入観があったみたい。

 ところがある日、ホントにたまたまドイツ、アルゼンチン、チリ、ポーランドのchicosと飲みに行くことになった。(アルゼンチン、チリは白人が多いんです)

一緒に笑って、くだらないことを話して、気づいたときには、勝手に感じていた壁はなくなっていた。人を見た目で判断すると自分の世界を狭めるな、と今は心から思う。ドイツの子に至っては、日本人に近い感覚をもっている、という発見も。ちなみに、ペルーにいると、韓国人はもはや同人種としか思えません。何を持ってそれに気づくかというと、大体は間にラティーノスを挟んだときなんだよね。ペルー独特の混沌とした文化や習慣と対面した時に、どういう反応をするかってところがポイント。

  fiestaに行けば顕著に国民性が現れる。ラティーノスは基本的に踊りまくる。そして、その動きは華麗で、見惚れるほどうまい。アメリカ人は大体ノリで飛び跳ねている。ニコニコしながら頑張ってみるけど、どうにも曲に乗り切れてない韓国人&日本人。群衆を唖然と見つめるドイツ人(片手に持つビールが誰よりも似合っている) という感じ。もちろん人によってどう振る舞うかは様々だけど。

 ドイツの子と、

 「ドイツではこんなふうに踊らないよ」

 「日本もそんなに踊らないよ」

 「サルサ覚えたいね」

 「教室探そっかー」

というやり取りをしたときに、妙な親近感を感じたのが笑える。若干まだ真面目さを捨てきれていない日本人&ドイツ人が真剣にサルサを覚えようとしてるってところが(笑)

 

こんな感じで、いろんな価値観が合わさって、さらに深くペルーを理解していけそう。

南米3大カーニバル

  ずっと憧れていたカーニバルへとついに参加してきた。リオのカーニバルと言えば有名だが、ボリビアオルロのカーニバルも、南米3大カーニバルの1つである。

 カーニバルが何なのか、正直よく分かっていなかったのだが、要は、全国から集まったdanzaのグループやbandasが街中を踊りながら行進し、Virgen (聖母)像まで巡礼する、というお祭りらしい。
 Danzaと一口に言っても、色々な種類がある。悪魔に扮したDiablada、リャマの牧畜に携わる人たちによるLlamerada、先住民に模したMorenado、そしてセクシーな衣装やダンスが目立つCaporalesなど、同じmusicaに合わせて、各々のグループが異なる踊りを披露する。衣装の種類も様々だ。

 

          悪魔のDiablada

f:id:oshidamari:20170305021644j:plain

 

 

    Morenada セニョーラだって踊っちゃう

f:id:oshidamari:20170305022458j:plain

 

 

 

    子供たちも参加する

f:id:oshidamari:20170305022652j:plain

 

 

 雨の中でも踊り続けるCaporales

f:id:oshidamari:20170305022835j:plain

 

 

     男子も負けていません

f:id:oshidamari:20170305023356j:plain

 

 

  よく見ると、みんな怖い顔してる

f:id:oshidamari:20170305024454j:plain

 

 

  夜が更けると、衣装も大胆に

f:id:oshidamari:20170305024415j:plain

 
 カーニバル真っ只中のオルロには、ボリビア中から人が集まってくる。ホテルだけでは宿が足りないため、自宅の空き部屋を貸し出す人もたくさんだ。私も、とあるオルロのファミリーにお世話になった。人の家とはいっても、部屋がたくさんあり、たくさんの人が泊まっていた。
 

f:id:oshidamari:20170305024049j:plain

 
 カーニバルが始まったときには全く知らなかった人とも、夜が深まってくる頃にはみんな友達だ。近くにいたseñora は、付きっきりでdanzaの説明をしてくれた。これまた近くにいたseñorita は"Estás bien?" とずっと私の事を気にかけてくれた。そういう人達のおかげで、何事もなく、カーニバルを楽しむことが出来た。感謝してもしきれない。
 知らない人どうしが、音楽とダンスを通して時間を共有し、友達になっていくのは、本当に素敵な文化。
 
 カーニバルにはお昼頃から参加したが、気づけば夜も明けようとしていた。いったい何時間いたんだろう。
 
 翌日は、カーニバルで仲良くなったChicasと、お家の息子も一緒になって、聖母像を見に行った。像は山の頂上にあり、そこからはオルロの街が一望できる。

f:id:oshidamari:20170305023557j:plain

f:id:oshidamari:20170305024217j:plain

 街からは、太鼓や笛の音が鳴り響いている。カーニバルはまだまだ終わらない。